足るを知れ

四国在住、二輪、四輪で走り廻ったりしたのを、日記代わりに記録してます。タイトルは、次から次へと湧いてくる煩悩に振り回されそうな自分に対しての戒めです。酔っぱらって書いてる事が多いので、???な文章の時もありますが、ご容赦ください。あとから読み返して、あぁ・・・と思いつつも、修正するのもめんどくさいので。

この時期になると、やれ、戦争を忘れるな!だとか言う話題を主とした番組が放映されるわけなのだけども。

その割には、どっちかというと、これらの番組とは逆行した方向に世の中が動いていると言うか、そんな感じもしないではなかったりとか。

それぞれ、みなさん色々と思う所があるだろうし、考えたり思ったりすることは自由なんだと思うので、あれなんですが。


ちょっと、視点を変えて。

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こうした本なんかを読んでみるのも面白いかもしれません。

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とくにこの慮人日記おもしろかった。


バシー海峡での悲劇についてもかかれてて、当時の軍令部が、これをどう考えていたか。

それこそ、この時期、広島長崎の原爆がクローズアップされて、毎年、ニュースなんかで放映されるわけだけども。

ここに描かれているバシー海峡なんてのは、既にアメリカに制海権を握られている中で、老朽輸送艦に寝返りも打てないほどに詰め込まれて、出て行っては沈められて、諸説色々あるようだけど、最も多いのだと60万人が海の藻屑となって消えたとか言う試算もあるらしいけど、何れにしても、原爆で亡くなった人よりも多いらしい。

当時の軍令部なんてのは、それに対して、良くて3分の一が無事に到着出来ればいい方でしょうねぇ等と全くの他人事。

現地につけばついたで、占領地から解放してやってるのだから、食糧も現地からの供出があるはず等と言ってて、物資の補給なども無い中、餓死というよりも、アメリカがトラックで移動するところを、徒歩での重装備を担いでの移動で、筋肉がやせ細り、体幹を支える事が出来なくなって、椎間板ヘルニアの様な状況になって歩行困難になって、結果餓死となって死んでいく。

武器に関しても、現地についたらついたで、あの有名な38式歩兵銃が5人に1丁位しかなく、食糧物資共に、不足した中で、何をしていいのか困ってしまような、そんな状況だったなんてのもかかれてて。

山本七平さん中の著述をみると、当時の徴兵なんかに関しても、街中の、旋盤工なんかも、のべつまくなく徴兵していくから、結局、残された家族でなんとか部品を作らなくてはならず、兵器の部品の精度も劣化して、何式かは忘れたけど、ある機関銃などは、引き金ひいても弾が打てないなんて事が多発したなんて有名な話なんだそうだ。

で、植民地解放の為にと言う大義名分を持ってアジア地域に戦線を拡大していくのだけど、何故か開放してあげたはずなのに、終戦当時、捕虜となった日本兵は、現地人から罵詈雑言を浴びたりする一方、その前に、日本が捕虜にした欧米人を引き連れて歩く際には沿道に花束が添えられていたりなんて話も載っている。

戦争は経済の一つの手段でもあるなんて言うけど、要は、インドネシアの石油利権が欲しかったのが当時の大本営の本音なわけだし、奇襲して欧米人を追い出したら好き放題と、慰安婦問題さながらの事を現地でもやらかしたのだろうね。

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マレーシアのペナンにある戦争博物館の飾られていた物の一部だけど、彼の国は韓国の様に、今の所はっきりと言わないからなのだろうけど、シンガポールの華僑の虐殺事件に関しても、日本が侵攻して来る前の方がよかったなんて事が言われてたりするとか。



なんにしたってあれだ。

大なり小なり、争いなんてのは無いにこしたことはないだろうし。

もし、それを望むと大声を出している偉い人がいるなら、その人だけでなく、その人の後ろも良く良く見渡すのが大事だと思うし、この戦争で犠牲になった人たちの供養にもなるのではないかな?と思うよ。

飽くまで個人的な感想や考えでしかないので、あほな事を言って居るわいと、素通りしてください。

ご意見、ご感想などは要りませんので。

ではでは。











ご無沙汰です。

死んだかと思われてるかもしれませんがw、生きてます。

この地の、夏と言うのもあっという間に終わるのでしょうな。

生まれ育ったところより、ほんの少し北に移っただけで、結構変わるもんだなぁと言う印象。

そんな中でも、ぼちぼちと野菜がとれてます。

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知らずに4株も植えて、毎日毎日なるなる地獄のズッキーニ。

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大納言系の小豆とスズマル大豆orオオソデフリ大豆の混植はもう少し先かね。

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少し、葉っぱが巻いてるのだけど、調理用に適したイタリアントマトのプリンチ・・・何とか云うミニトマト(笑)

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よく、トマトの缶詰で売られているサンマルツァーノも赤くなってきてて。

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スイスが故郷のベルナーロゼも取れてまする。

ただ、この大玉トマトにかんしては、色々と紆余曲折がありましてな、尻ぐされが多発したり、色々ありましたが、何だかんだ結構な量が取れてます。


トマトに関しては、食べきれない量を栽培しているので、それらは全て冷凍。

真冬から春先にかけても、トマトジュースなどを買わずに自家製のトマトでインドカレーなんかを楽しめそうです

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5寸人参も、何だかんだ採れましたです。

これから、第二段目を収穫予定です。

あと、スマホのオープンカメラで撮影したジャガイモなんだけども、取り込む事が出来ずであれなんだけど。

我が家はワセシロ、トウヤ、十勝小金、メークイン、キタアカリ、トヨシロ、男爵と栽培してて、ちと畝の間が狭かったりで、土寄せが出来ずに地表におはようしてる芋が、やや多発なんて事があったりするのだけど、コメが無くても春さきまで食える位の量は確保できたのかなぁと思ったり。


その他、手が汚れるから、中々写真撮れてないのだけど、シシトウ、ピーマン、鷹の爪、長なす、インゲン、エンサイ諸々。

随分とスーパーでの買い物が減りましたですよ。

肉と魚位しか買わないとなりゃ、安いときに買って冷凍しときゃ、行かなくて済むから。

そもそも、消費税なんて、払った所で介護報酬なんぞ下げられる一方で、現場が豊かになったなんて話は全く効かないので、それが何処かに流れて、ウマウマしてる人たちがいるのでしょう。

野菜を買いに行くにも、車動かしてガソリン代。

そのガソリン代にも消費税がかかる二重課税、買った野菜にも消費是、移動にかかる時間の無駄。



そんな事を思うと6割は正解だったと思う。

あとの四割は、米の自給が今の所出来てないのと、もう少し待ってたら、雪のない所でそれらもカバーできたのかもなぁとも思ったりする所。

それと、いっぺんに植えてしまって居るから、例えばインゲンなんてのは、既に終わりに入ってて、ずらしずらしで絶え間ない自給を来年は心がけたいところ。

ま、それはそれで。

全てが全て100%満足のいく結果なんて出せないからね。

来年以降の課題は沢山あるけど、やってきますよ。

はい。










一年ぶりにマレーシアです。P_20190407_200240_vHDR_On
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クアラルンプールのリトルインディアで、名前忘れたけどスパイシーなご飯(笑)

昨日、飛行機でペナン入りして、朝から徘徊してましたが、暑い(笑)

しかし、高雄もそうだったけど、街の勢いが違うね。

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キリンのライセンスじゃなく、地元マレーシアでのライセンス生産なのか知らんが、随分久しぶりのハイネケン(笑)

スパイシーソーセージ。

店員にスパイシーOK?

なんて聞かれたが、確かに辛いわ(笑)

治安に対して、絶対の信頼を置いてるわけでないけど、小さなめんどくさい事に拘らない感じ。

いいのかもね。

先進国と言われながら、年間3万人近い人間が自殺するという、わが祖国。

いずれ、ここにも抜かれるのかね。

因みに、東京はクアラルンプールにGDP、既にぬかれてるってさ。




もう、先週の事になりますが。

土曜日に雌阿寒の野中温泉に行ってきましたです。

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いつもよる元祖の方はお休みとなっていて、この日、初めて別館なるものに入りました。

お湯は同じですけど、こちらは露天が併設され、日帰り入浴のみの本館に対して宿泊対応もされていて、自炊設備もあるようです。

お湯は、草津なみの酸性で、お湯につかると次の日も毛穴から硫黄の香りが漂ってくるという、自分の大好きな温泉。

じっくりと入ってきましたが、ヒートショックが怖いので入りませんでした。


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結構な勾配だったのですが、途中で止まらなければFFでも問題なく上がれました。

取りあえず、雪解け時のザクザクした雪とミラーバーンに気をつけていれば、韓国の3年落ちのスタッドレスでも取りあえずは走れるようです。

下ろしたての嫁のブリザックとも、圧雪を走るに至っては、あまり違いが分からないと言うのが実感かな。

自分、鈍いんで(笑)

で。

帰り、近道を見つけて寂し気な、家も何も無い様な道道をぬけてショートカットしてきたのですが、建物も何もない場所で、レーダーがステルスを受診してますみたいな反応しやがり、背筋に少し寒い物を覚え乍ら帰着。

でネットニュースを見てたら、初流氷が着岸とか言ってるので、距離もそんなにないしと行ってきたわけですが。


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遥か沖の方に遠のいていらっしゃり。
水平線に浮かぶ白いのが、多分、恐らく流氷か(笑)


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取りあえず、お約束のカニの爪の所で記念写真撮って帰ってきました。

指定速度+で走っていても、こちらの人たちは冬道になれてらっしゃるので、後ろに付かれた時は、可能な限りさっさと道を譲ります。

常に常におもてなしの精神で。


「お先にどうぞ。天国へ・・・」と(笑)

金と仕事は無いけど時間はたっぷりある、いい歳した二人組w

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嫁殿、両親と自分にお守りを買いたいのだと言うので、美瑛神社迄いってきましたです。

自宅から数キロの所で運転を変わり、嫁殿の雪道運転練習です。

自分も、人のことを言えた義理ではないですが、グリップしている圧雪路面もやはり緊張してて、神社に無事についたころには、二人して大きなため息w

お参りを済ませ、腹が減ったぞぃ!と。

14〜5年ぶり位になるのですかね。

富良野迄足を延ばして、唯我独尊にいってきました。

自分たちの記憶では、駅前ではなくて、もう少し山の中にあったような感じがしてたのですが、富良野マルシェのすぐ近くだったとはねぇ。

一昨年からすぐ近くに来てて、寄ろうか?なんて話がでても、頭の中では山の中と言うイメージがあって、飛行機やらの都合があるから、また今度・・・なんて言ってたのですが、全然寄れてたんだわなぁ。

痴呆症の始まりでしょうかw



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初めて訪れた時と同じソーセージのカレーを二人でチョイス。

特盛頼んでおいて!と嫁に頼んでトイレで用を済ませて出て来ると、特盛はご飯1キロだとのこと。

大盛りだと500gだってんで、取りあえず私は大盛りしましたが、嫁はもう少し欲しかった様子でありました。

で、こんな小さな皿に盛りっとご飯が盛られてるんで、当然ながらカレーのルーも途中で少なくなるわけで。。。、

白髪交じりの無精ひげを生やした禿げ爺が、合言葉のるーるるる〜!とカウンターで宣い。

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追加をいただき、全て完食となりましたが、食べ終わる頃に頭の毛穴が開いて汗まみれ。

汗だけじゃなく、どうせなら毛も生えて来いとも思いましたが、おなかいっぱい。

お味もよろしく。

途中、吹雪の中、無事に何事もなく帰ってきました。

はい、そんな話です。

おわり。

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